アート・センター 彼方の男、儚い資料体

ある特定の誰かについて、面白い人だ、あるいは退屈な人だと語るとき、私たちはその人物のさまざまな振舞いをひとつの平板なイメージへと還元し、本質として固定しようとしている。しかし、当然ながらその人物は面白い振舞いをするときもあれば、退屈な振舞いをするときもあるだろう。さらには、振舞いの興趣に関する判断は視点によって異なるはずだ。

 

奥村雄樹による今回の個展の中核を成すのは、「彼」と呼ばれる誰かをめぐる9人の回想で構成された映像作品《彼方の男》(2019)である。そこで奥村は、ひとつのイメージへと固定化されてしまった「彼」の振舞いの束を、一連の手続きを通じて解きほぐし、写真乾板を重ねるようにイメージを多層化してみせる。つまり「彼」は、発語されるその局面においては常に単数の「彼」でありながらも、9人の発話を通じて複数の「彼ら」へと生成するのである。そのとき彼=彼らは、最も一般性の高い存在と最も具体性の高い存在とに引き裂かれる。私たちが出会う「彼方の男」は誰にでもよく似た彼=彼らであるとともに、誰にもまったく似ていない彼=彼らの分身である。

 

さらに本展では、会期中のみ、同作に関連する3点の物品で構成された資料体が慶應義塾大学アート・センターのアーカイヴに追加される*。こうして、映像作品であると同時に口述資料でもある《彼方の男》とあわせて、アーカイヴにとって資料とは何か、資料を通じてどういった可能性が開かれるのかといった問題について、新たな思索が促されることになる。映像のなかで「彼」との記憶を述懐する9人がそれぞれに体現するように、私たち自身もまた、誰もがこの世界に仮設されたひとつの資料体なのである。

 

 

* 利用を希望する方は事前に予約してください。

画像:ジャン=ユベール・マルタンの撮影による写真(1993)より

  • 詳細

  • 日付

    2019年11月11日(月)~11月22日(金)

    (月曜〜金曜、11:00–18:00)

     

    特別公開日:2019年11月9日(土) 13:00~

    休館日:土・日

  • 場所

    慶應義塾大学アート・スペース
    慶應義塾大学アート・センター アーカイヴ(要予約)

  • 対象

    どなたでもご参加いただけます

  • 費用

    入場無料

  • お問い合わせ

    慶應義塾大学アート・センター
    Tel: 03-5427-1621

    ac-tenji@adst.keio.ac.jp

奥村雄樹
1978年に青森市で生まれ現在ブリュッセルとマーストリヒトで暮らす男。アーティスト。彼のプロジェクトの多くは近過去の美術史における特定の領域に彼自身の人生や夢想を挿入することでそれを現在に転送させて生身の人間同士の関係性によって変化する不確定的な場として再展開させるものだがその根底にあるのは世界の本質的な平行性や個々人の究極的な連結性への確信にほかならない。近年の主な「個」展に「奥村雄樹による高橋尚愛」(2016|銀座メゾンエルメスフォーラム|企画:説田礼子)や「Na(me/am)」(2018|コンヴェント|ゲント|企画:イェロエン・スタースとヴァウター・デ・フレースハワー)や「29771日–2094943歩」(2019|ラ・メゾン・デ・ランデヴー|ブリュッセル|企画:ミサコ&ローゼン)などがある。

 

主催

慶應義塾大学アートセンター

協力

MISAKO & ROSEN